個人事業主から法人成り:資金調達方法の変化と準備すべきポイント

「法人成りすれば、銀行からの融資が受けやすくなるって本当だろうか?」
「個人事業主の今と、法人になった後で、資金調達はどう変わるんだろう?」

事業が軌道に乗り始め、次のステージとして「法人成り」を意識する経営者の方から、このようなご相談をいただくことがよくあります。
こんにちは。元銀行員で、現在は中小企業専門の経営コンサルタントとして、数多くの会社の資金繰りを支援している吉田です。

確かに、法人化は資金調達の選択肢を広げる大きなチャンスです。
しかし、それは「法人になれば自動的に信用が上がる」という単純な話ではありません。
むしろ、法人としての責任を果たせる「準備」ができているかが、金融機関から厳しく問われることになります。

この記事では、長年、金融の現場と中小企業の経営現場の両方を見てきた私の視点から、法人成りに伴う資金調達のリアルな変化と、成功のために絶対に押さえておくべきポイントを、数字の現実に基づいて丁寧に解説していきます。
この記事を読み終える頃には、あなたの会社が今何をすべきか、明確な道筋が見えているはずです。

個人事業と法人の資金調達の違い

法人成りを考える上で、まず理解すべきは「個人」と「法人」では、金融機関からの見え方、つまり「信用力」が根本的に異なるという点です。
これは資金調達のあらゆる場面で影響してきます。

資金調達の「信用力」が変わる

なぜ法人のほうが信用力は高いとされるのでしょうか。
それは、法人が個人よりも社会的な責任が重く、情報開示の透明性が高いからです。

  • 登記による情報の公開: 法人は、商号、所在地、役員、資本金といった情報が法務局に登記され、誰でも閲覧できます。これにより、事業の実態が客観的に証明されます。
  • 厳格な会計処理: 法人は、法律に基づいた会計処理と決算書の作成が義務付けられています。これにより、財政状態の信頼性が担保されます。
  • 事業の継続性: 個人事業主が万が一の場合、事業がストップしてしまうリスクがありますが、法人は経営者個人とは別の「人格」を持つため、事業の継続性が高いと評価されます。

こうした理由から、取引先や金融機関は、個人事業主よりも法人に対して「安心して取引できる相手」という印象を抱きやすいのです。

金融機関の評価基準:個人と法人の違い

金融機関が融資を審査する際の視点も、個人と法人では異なります。

個人の場合:事業主個人の資産背景や信用情報が重視されます。極端に言えば「この人になら貸せるか」という属人的な評価の側面が強くなります。
法人の場合:事業計画の実現可能性、財務内容の健全性、将来の収益性といった「事業そのもの」が客観的に評価されます。

もちろん、法人の場合でも経営者の能力や経歴は重要ですが、それ以上に「会社として、継続的に利益を生み出し、返済できる仕組みがあるか」という点が厳しく見られるのです。

法人化によって広がる資金調達手段

信用力が高まり、評価基準が変わることで、法人化すると資金調達の選択肢が大きく広がります。
個人事業主では利用が難しかったり、そもそも対象外だったりする方法も活用できるようになります。

  • 融資制度の多様化: 銀行独自のプロパー融資や、より有利な条件の制度融資など、利用できる融資メニューが増えます。
  • 出資の受け入れ: 株式会社であれば、株式を発行して外部から出資を募る「エクイティ・ファイナンス」が可能になります。ベンチャーキャピタルからの投資などがこれにあたります。
  • 補助金・助成金の活用: 国や自治体が公募する補助金・助成金には、法人でなければ応募できないものが数多く存在します。

次の章では、これらの具体的な資金調達方法について、さらに詳しく見ていきましょう。

法人成り後に利用できる主な資金調達方法

法人格を得ることで、資金調達の扉はいくつも開かれます。
ここでは代表的な4つの方法をご紹介します。
自社の成長ステージや目的に合わせて、最適な手段を組み合わせることが重要です。

銀行融資(制度融資・プロパー融資)の可能性

銀行融資は、法人にとって最も基本的な資金調達手段です。
特に「制度融資」と「プロパー融資」は、ぜひ知っておきたいキーワードです。

  1. 制度融資
    地方自治体、信用保証協会、金融機関が連携して中小企業を支援する融資制度です。
    公的なサポートがあるため、金利が低めに設定されていたり、返済期間が長かったりと、特に設立間もない法人にとっては非常に心強い味方となります。
  2. プロパー融資
    信用保証協会の保証を付けず、金融機関が100%自らのリスクで直接融資を行うものです。
    銀行にとっては貸し倒れリスクが高いため、審査は非常に厳しくなりますが、その分、保証料が不要で、より柔軟な条件での借入が期待できます。
    プロパー融資を受けられることは、その銀行から「お墨付き」をもらった、一人前の企業である証とも言えるでしょう。

補助金・助成金の活用(法人限定の制度も)

国や自治体は、経済の活性化や政策目標の実現のため、様々な補助金・助成金を用意しています。
これらは原則として返済不要の貴重な資金です。

  • ものづくり補助金: 新製品・新サービスの開発や生産プロセスの改善を支援します。
  • IT導入補助金: 業務効率化のためのITツール導入を支援します。
  • 小規模事業者持続化補助金: 販路開拓などの取り組みを支援します。
  • 中小企業省力化投資補助金: 人手不足解消のためのIoTやロボット導入を支援する新しい制度です。

これらの補助金は、公募期間や要件が頻繁に変わるため、常に最新の情報をチェックすることが大切です。

リース・ファクタリングなど資金の回転力強化

直接的な借入以外にも、資金繰りを円滑にする方法はあります。

  • リース: コピー機や社用車、高額な機械などを購入する代わりに、月々のリース料で利用する方法です。多額の初期投資を抑え、資金を他の成長分野に回すことができます。
  • ファクタリング: 商品やサービスを提供したものの、まだ入金されていない「売掛金」を専門会社に買い取ってもらい、早期に現金化するサービスです。 急な資金需要に応えたり、資金の回転スピードを高めたりするのに有効です。

ベンチャー投資・クラウドファンディングの可能性(成長志向型向け)

もしあなたの事業が、革新的な技術やアイデアを持ち、急成長を目指すタイプであれば、以下のような方法も視野に入ります。

  • ベンチャーキャピタル(VC)からの出資: 高い成長性が見込まれる未上場企業に対し、VCが株式を取得する形で投資を行います。資金だけでなく、経営ノウハウの提供を受けられる場合もあります。
  • クラウドファンディング: インターネットを通じて不特定多数の人から少額ずつ資金を集める方法です。テストマーケティングやファン作りを兼ねて実施するケースも増えています。

あなたの会社はどのステージにあり、どのような資金を必要としていますか?
目的を明確にすることが、最適な調達方法を見つける第一歩です。

資金調達で失敗しないための事前準備

「法人になったから、これで融資も安心だ」と考えるのは早計です。
金融機関は、あなたの会社の「未来」を評価します。
その未来を説得力をもって語るために、盤石な準備が不可欠です。
資金繰りは企業の呼吸と同じです。準備を怠れば、呼吸が止まってしまいます。

事業計画書と数字の「整合性」

事業計画書は、金融機関に対するあなたの会社のプレゼンテーション資料です。
夢を語るだけでなく、その夢を実現するための具体的な道筋を「数字」で示さなければなりません。

金融機関の担当者が特に注目するのは、損益計画(どれだけ儲かるか)と資金繰り計画(お金は回るか)の整合性です。
例えば、「売上は来期2倍になります」という計画に対し、「なぜ2倍になるのか?」「そのために必要な仕入れや人件費はいくらで、その資金はどう手当てするのか?」といった問いに、矛盾なく答えられなければなりません。

法人設立時に整えるべき財務書類

法人を設立すると、様々な書類の作成と管理が義務付けられます。
これらは会社の信用を証明する公的なドキュメントです。

  • 設立時の開始貸借対照表: 会社がスタートした時点での財産状況を示す書類です。 資本金がどのような資産(現金、備品など)で構成されているかを示します。
  • 決算書(財務三表): 毎事業年度の終わりに作成する、会社の成績表です。
    1. 貸借対照表: 決算日時点の財産と負債の状況
    2. 損益計算書: 一年間の儲けの状況
    3. キャッシュフロー計算書: 一年間の現金の流れ

これらの書類を正確に作成し、いつでも提出できる状態にしておくことが、法人としての最低限の責任です。

銀行担当者の視点:見ているのは「将来の利益と数字の習慣」

私が銀行員だった頃、融資の稟議書を書く際に最も重視していたのは、過去の実績以上に「この経営者は、自社の数字をきちんと把握し、未来を語れるか」という点でした。

決算書の内容を丸暗記する必要はありません。
しかし、「なぜ今期はこの利益になったのか」「来期、なぜこの売上目標が達成できると考えるのか」「そのために、いつ、いくらの資金が必要になるのか」といった質問に対し、自分の言葉で、事業計画書と決算書を基に説明できる必要があります。
日頃から数字に親しむ「習慣」こそが、担当者の信頼を勝ち取るのです。

よくある失敗事例とその対策

失敗事例: 法人成りしたものの、個人事業主時代のどんぶり勘定が抜けず、資金繰り表も作成していなかったA社。急な大型受注で資金が必要になり銀行に駆け込んだが、必要な資金額の根拠をうまく説明できず、融資実行が間に合わなかった。

対策:
この失敗の本質は、準備不足に尽きます。
対策はシンプルです。

  • 事業計画を具体的に立てる: 1年後、3年後、5年後の目標と、そこに至るまでのアクションプランを数値化する。
  • 資金繰り表を毎月作成する: 未来のお金の流れを予測し、資金ショートのリスクを事前に察知する。
  • 専門家を活用する: 税理士などの専門家と契約し、正確な会計処理と客観的なアドバイスを得る体制を整える。

まず現実を見つめましょう。
準備なくして、成功はありません。

法人成り前に見直すべき資金繰りの習慣

法人成りは、いわば事業のOSを入れ替えるようなものです。
新しいOSをスムーズに動かすためには、その前から良い「習慣」を身につけておくことが極めて重要です。
「法人になったら何とかなる」という考えは、最も危険な落とし穴です。

「資金繰り表」は個人事業でも必須

利益が出ているのに、支払いの段になって手元にお金がない──。
これが恐ろしい「黒字倒産」です。
この悲劇を避けるために、個人事業主の段階から絶対に作成してほしいのが「資金繰り表」です。

資金繰り表とは、簡単に言えば「会社のお金の家計簿」です。
いつ、いくら入金があり、いつ、いくら支払いがあるのかを一覧にし、将来の現金の過不足を予測するツールです。
これを作成する習慣があれば、

  • 資金が不足しそうな時期を事前に予測できる
  • 余裕のあるうちに金融機関に相談できる
  • 無駄な支出を見直すきっかけになる

といったメリットがあります。
Excelの簡単な表で構いません。
まずは今日から、お金の流れを記録することから始めてみてください。

現金と利益の違いを理解する

会計を学び始めると多くの経営者がつまずくのが、「利益」と「現金(キャッシュ)」の違いです。

項目説明
利益損益計算書上の「売上」から「経費」を差し引いたもの。掛売りや減価償却など、現金の動きと一致しない項目が含まれる。
現金実際に手元にあるお金。借入金の返済(元本部分)や設備投資など、経費にはならなくても現金が減る取引がある。

このズレを理解していないと、「帳簿上は黒字なのに、なぜか現金がない」という事態に陥ります。
資金繰り表は、このズレを埋め、会社の本当の体力である「現金」に焦点を当てるための重要な道具なのです。

税務と資金繰りのズレを埋めるには?

税金の支払いも、資金繰りに大きな影響を与えます。
特に消費税や法人税は、利益が出た後にまとまった金額を支払うため、納税資金を計画的に準備しておく必要があります。

よくあるケース: 決算で大きな利益が出たことに喜んでいたが、数ヶ月後の納税額の大きさに青ざめる。慌てて資金調達に走るが、手遅れになることも。

対策として、税理士と連携し、決算前に納税額を予測してもらうことが有効です。
そして、その納税額を資金繰り表に組み込み、「納税引当金」として毎月少しずつ積み立てておく意識を持つと、慌てずに済みます。

「法人になったら何とかなる」は危険

ここまでお伝えしてきたことは、すべて法人成りする「前」から取り組めることばかりです。
金融機関は、あなたが法人成りする前から、個人事業主としてどのような経営をしてきたかを見ています。
確定申告書や試算表の提出を求められれば、あなたの数字に対する姿勢は一目瞭然です。

個人事業主の時代からきっちりと資金管理を行い、事業計画を立てる習慣を身につけておくこと。
それこそが、法人成り後のスムーズな資金調達、ひいては事業の成功に向けた最高の準備となるのです。

法人成りの判断基準とそのタイミング

「では、結局うちはいつ法人成りすればいいのか?」
これは非常に重要な問いであり、正解は一社一社異なります。
税金のメリットだけでなく、コストや事業の将来像を総合的に見て判断する必要があります。

数字から見た「法人成りのメリット・デメリット」

まず、数字で判断できるメリットとデメリットを整理しましょう。

メリット

  • 税負担の軽減: 個人の所得税は累進課税で最大45%ですが、法人税率は一定です。一般的に、課税所得が800万円〜900万円を超えると、法人の方が税負担は軽くなる傾向があります。
  • 経費の範囲拡大: 経営者自身への給与(役員報酬)や退職金、生命保険料などが経費として認められ、節税につながります。
  • 消費税の免税: 資本金1,000万円未満などの要件を満たせば、設立から最大2年間、消費税の納税が免除される可能性があります。

デメリット

  • 設立・維持コスト: 定款認証や登記で約20〜25万円の設立費用がかかります。また、税理士費用なども個人事業主時代より高くなるのが一般的です。
  • 社会保険の加入義務: 法人になると、たとえ社長一人でも社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が義務付けられます。保険料の約半分を会社が負担するため、固定費が増加します。
  • 赤字でも納税: たとえ赤字決算でも、法人住民税の「均等割」として最低でも年間約7万円の納税義務が発生します。

税制優遇と社会保険のコスト

ここで重要なのが、「税金のメリット」と「社会保険料の負担増」を天秤にかけることです。
節税効果ばかりに目を奪われ、社会保険料の負担増を考慮していなかったために、かえって手元に残るお金が減ってしまった、というケースは少なくありません。

法人成りをご検討の際は、必ず税理士や社会保険労務士に相談し、ご自身の役員報酬設定で具体的なシミュレーションをしてもらうことを強くお勧めします。

銀行員が好む「法人化のストーリー」

融資審査の場面では、なぜ法人成りしたのか、その「ストーリー」も意外と重要です。

好まれるストーリー: 「個人事業として順調に売上を伸ばしてきましたが、大手企業との取引開始にあたり、社会的信用を高める必要が出てきました。また、今後の事業拡大と人材採用を見据え、このタイミングで法人化を決意しました。」

このように、事業の成長に伴う前向きで論理的な理由があると、金融機関の担当者は「この経営者は将来をしっかり見据えているな」と好印象を抱きます。
逆に、「節税のためだけに法人化しました」という話では、事業への熱意を疑われかねません。

あなたの会社は今、法人成りすべきか?

最終的な判断は、以下の質問に答えることで見えてくるはずです。

  1. あなたの事業の課税所得は、安定して800万円を超えていますか?
  2. 近い将来、金融機関から大きな融資を受けたり、外部から出資を受けたりする計画はありますか?
  3. 取引先から法人化を求められていますか?
  4. 従業員を雇用し、福利厚生を充実させていきたいと考えていますか?
  5. 法人化に伴うコスト増(社会保険料、事務コスト)を吸収できるだけの収益力がありますか?

これらの質問に「はい」と答えられる項目が多いほど、法人成りのタイミングが近づいていると言えるでしょう。

まとめ

個人事業主から法人成りすることは、事業を次のステージへ進めるための大きな一歩です。
資金調達の面では、確かに選択肢が広がり、より大きな資金を動かせる可能性が生まれます。

しかし、その恩恵を最大限に受けるためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。

  • 法人化で「信用」の尺度が変わる: 法人成りとは、個人の信用から「事業そのものの信用」へと評価軸が変わることです。
  • 資金調達の選択肢が広がる: 制度融資やプロパー融資、補助金、出資など、法人ならではの多様な手段を活用できます。
  • 成功の鍵は「事前準備」と「習慣」: 事業計画書や資金繰り表の作成といった数字管理の習慣を、個人事業主のうちから身につけておくことが何よりも重要です。
  • タイミングの見極めが肝心: 税金のメリットだけでなく、社会保険料などのコスト増も踏まえ、自社の成長戦略に合ったタイミングで法人化を判断しましょう。

経営はセンスよりも数字です。
そして、その数字は、日々の地道な管理と習慣化によって作られます。
法人成りという大きな変化を前に、不安を感じることもあるかもしれません。
しかし、今日からできることは必ずあります。

まずは、あなたの会社の「今」を数字で把握することから始めてみませんか?
この記事が、あなたの会社の輝かしい未来への一助となれば、これほど嬉しいことはありません。

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