「売上は順調なのに、なぜかお金が足りない…」
「資金繰りって何から始めればいいの?」
そんな悩みを抱えている経営者の方、決してあなただけではありません。
私は銀行員として15年、その後独立して経営コンサルタントとして7年、数多くの中小企業の資金繰り相談に携わってきました。
その経験から断言できるのは、資金繰りは企業の呼吸と同じだということです。
呼吸が止まれば人は生きていけません。
同じように、資金の流れが止まれば、どんなに売上が好調でも会社は存続できないのです。
本記事では、私が銀行員時代に現場で見てきた失敗事例と成功事例を交えながら、経営初心者でも今日から実践できる資金繰りの基本をお伝えします。
読み終える頃には、資金繰り表の作成方法から銀行との付き合い方まで、資金管理の全体像が見えてくるはずです。
目次
資金繰りとは何か?まず”呼吸”の意味を理解しよう
資金繰りの定義と経営との関係
資金繰りとは、会社の収入と支出を管理し、事業を円滑に行うために「資金」の過不足を調整することです[1]。
ここでいう「資金」とは、現金や普通預金、当座預金など、すぐに支払いに使えるお金のことを指します。
売掛金や貸付金、不動産などは確かに資産ですが、現金化に時間がかかるため「資金」には含まれません。
まず現実を見つめましょう。
あなたの会社で明日支払いが必要になったとき、実際に使える現金がいくらあるでしょうか。
私が銀行員時代に担当していたある製造業の社長は、こんなことを言っていました。
「売上が上がっているから大丈夫だと思っていたら、ある日突然、給料の支払いができなくなった。売掛金はたくさんあるのに、現金がないんです」
この社長の会社は決して珍しいケースではありません。
企業経営では、売掛金のように手元にお金が入ってくるまでに時間を要する場合が多く、その間にも人件費や家賃、仕入代金などの支払いは待ってくれないからです。
「利益が出てるのに資金ショート」ってどういうこと?
利益と資金は全く別物です。
これは経営初心者が最も混乱しやすいポイントでもあります。
利益は収益から費用を差し引いたもので、会計上のルールに基づいて計算されます[2]。
一方、資金繰りは実際のお金の出入りを管理するものです。
具体例で説明しましょう。
1月に100万円の商品を販売し、3月に代金が入金される場合を考えてみてください。
会計上は1月に売上と利益が計上されますが、実際のお金は3月まで入ってきません。
しかし、2月には従業員の給料や材料費の支払いが発生します。
この時点で、帳簿上は黒字でも手元の現金が不足する「黒字倒産」のリスクが生まれるのです。
実際に2024年度の企業倒産は1万144件に達し、11年ぶりの1万件台となりました[3]。
私が支援した大阪の小売業では、クリスマス商戦で過去最高の売上を記録したにも関わらず、1月に資金ショート寸前まで追い込まれました。
売上代金の回収が2月末だったため、年末年始の人件費や1月の家賃支払いに充てる現金が足りなくなったのです。
キャッシュフローと資金繰りの違いをおさえる
よく混同されるキャッシュフローと資金繰りですが、目的が全く異なります。
キャッシュフローは「過去の一定期間の資金の流れをチェックすること」が目的です[4]。
主に1年間という長期スパンで、会社の資金がどのように動いたかを把握し、財務分析や投資家への報告に使われます。
一方、資金繰りは「将来に向けた資金の流れの把握」が目的です[4]。
明日、来週、来月の支払いに必要な資金が確保できているかを確認し、不足が予想される場合は事前に対策を講じるために行います。
つまり、キャッシュフローは「振り返り」、資金繰りは「先読み」と考えるとわかりやすいでしょう。
どちらも大切ですが、倒産を防ぐために直接的に役立つのは資金繰りの方です。
経営初心者がつまずく資金繰りの落とし穴
よくある失敗例:売上順調でも潰れるケース
銀行員時代、私は何度も「売上は伸びているのに資金繰りが苦しい」という相談を受けました。
特に成長期にある会社では、売上の急激な伸びに伴って売掛金や在庫が膨らむため、帳簿上では黒字にも関わらず資金繰りが追いつかないケースが頻発します[5]。
ある建設業の会社では、大型受注が相次いで売上が前年比150%まで伸びました。
しかし、材料費や外注費の支払いが工事代金の入金よりも先行するため、売上が伸びるほど資金不足が深刻化したのです。
社長は「忙しいのになぜお金がないのか」と困惑していました。
この現象は決して珍しくありません。
売上増加に伴い、仕入れや人件費などの経費も増大し、その支払期限が売掛金の回収前に到来すると、手元資金が枯渇してしまうのです[6]。
経費のタイミングと入金のズレが命取りに
中小企業の多くは「支払い先行型」の取引構造に置かれています。
帝国データバンクのデータによると、中小企業は支払いサイトの決定権を持たないことが多く、大企業よりも厳しい資金繰り環境にあることが示されています[7]。
具体的には、以下のようなタイミングのズレが発生します:
- 材料費や外注費:納品後30日以内の支払い
- 人件費:毎月25日などの固定日
- 売上代金:納品後60-90日での回収
このようなズレが積み重なると、いくら利益が出ていても現金が不足する状況が生まれます。
私が担当していた印刷業の会社では、大手企業からの受注が売上の80%を占めていましたが、支払いサイトが90日と長く、毎月の資金繰りに苦労していました。
社長は「仕事はあるのに、いつもお金の心配をしている」と話していたのを覚えています。
銀行との付き合い方を間違えるとどうなるか
銀行は味方にも壁にもなる存在です。
正しい付き合い方をすれば、資金繰りの強力なサポーターになってくれますが、間違えると融資を断られ、資金調達の道を断たれてしまいます。
よくある間違いは、資金が必要になってから慌てて銀行に駆け込むことです。
銀行は「晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」と言われることがありますが、これは必ずしも正しくありません。
普段からの関係構築と情報開示があれば、困ったときにも相談に乗ってくれるものです。
私が銀行員だった頃、定期的に業況報告をしてくれる会社と、年に一度決算書を持参するだけの会社では、明らかに対応が違いました。
前者は資金需要が発生した際も迅速に対応できましたが、後者は審査に時間がかかり、結果的に融資実行が間に合わないケースもありました。
「資金繰り表がない」ことの危険性
驚くべきことに、中小企業の約97%が資金繰り表を作成していないというデータがあります[8]。
これは、地図を持たずに知らない土地を運転するようなものです。
資金繰り表がないと、以下のような危険があります:
- 資金ショートのタイミングを予測できない
- 銀行に融資を申し込む際の説得力が不足する
- 設備投資や新規事業の判断を誤る可能性が高まる
実際に、資金繰り表を作成していなかった運送業の会社では、車両の買い替え時期と顧客からの支払い遅延が重なり、一時的に給与支払いが困難になりました。
事前に資金繰り表を作成していれば、このような事態は避けられたはずです。
今日から始める!資金管理の基本ステップ
ステップ1:現状の資金の流れを”見える化”する
まず現実を見つめましょう。
あなたの会社の資金が今どのような状態にあるのかを正確に把握することが第一歩です。
以下の項目を整理してください:
現在の現金・預金残高を全て合計する
月々の固定費(人件費、家賃、リース料など)を一覧化する
売掛金の回収予定時期と金額を確認する
買掛金や未払金の支払い予定を整理する
私がコンサルティングでお伺いする際、最初に必ずこの作業を経営者と一緒に行います。
多くの経営者が「こんなに詳しく整理したのは初めて」とおっしゃいます。
しかし、この「見える化」こそが資金管理の出発点なのです。
ある製菓業の社長は、この作業を通じて「売掛金の回収が予想以上に遅れていること」と「在庫に思った以上の資金が眠っていること」に気づきました。
その結果、売掛金の早期回収と在庫の適正化により、資金繰りが大幅に改善されました。
ステップ2:資金繰り表を作ってみよう(テンプレート紹介も)
資金繰り表の作成は決して難しくありません。
必要な書類は月次試算表、現金出納帳、預金出納帳の3つです[9]。
基本的な資金繰り表は以下の構成になります:
- 前月繰越現金・預金残高
- 経常収支(本業による収入と支出)
- 財務収支(借入・返済による収入と支出)
- 当月末現金・預金残高
日本政策金融公庫では無料でテンプレートをダウンロードできます[10]。
初めて作成する方は、このテンプレートを活用することをお勧めします。
エクセルでの自作も可能ですが、最初は既存のテンプレートで慣れてから、自社の業種に合わせてカスタマイズするのが効率的です。
私がサポートした飲食業の経営者は、最初「エクセルは苦手で…」と躊躇していましたが、テンプレートを使うことで1週間後には自分で資金繰り表を更新できるようになりました。
「数字を見るのが怖かったけれど、今では毎週楽しみになった」と話していたのが印象的でした。
ステップ3:月次・週次の管理習慣をつける
資金繰り表は作って終わりではありません。
定期的な更新と確認が何より重要です。
私がお勧めするのは以下の頻度です:
- 週次:現金・預金残高の確認
- 月次:資金繰り表の全面更新
- 四半期:3ヶ月先までの予測見直し
習慣化のコツは、曜日と時間を決めることです。
多くの経営者が「毎週月曜日の朝一番」や「月末の最終営業日」といったルールを設けています。
ある機械部品製造業の社長は、毎週金曜日の17時から30分間を「資金繰りタイム」として設定しました。
この習慣により、資金ショートの3ヶ月前にリスクを察知し、計画的に融資申請を行うことができたのです。
ステップ4:「もしも」に備える資金クッションの考え方
資金繰り管理の最後のポイントは、予期せぬ事態への備えです。
一般的に、月商の3ヶ月分の現金があれば資金繰りは安定していると言われています[11]。
しかし、業種や取引条件によって必要な資金クッションは変わります:
- 製造業:在庫や設備への投資が大きいため、月商の4-6ヶ月分
- サービス業:初期投資が少ないため、月商の2-3ヶ月分
- 小売業:季節変動があるため、月商の3-4ヶ月分
私が支援した中小企業の中で、コロナ禍を乗り切った会社の共通点は、平時から十分な資金クッションを持っていたことでした。
逆に、資金繰りが苦しくなった会社の多くは、手元資金が月商の1ヶ月分以下だったのです。
銀行との付き合い方と融資のコツ
銀行は”味方”にも”壁”にもなる存在
15年間の銀行員経験から断言できるのは、銀行との関係は経営者の姿勢次第で大きく変わるということです。
銀行を単なる「お金を借りる場所」と考えるのではなく、「経営のパートナー」として捉えることが重要です。
銀行員は日々、多くの企業を見ています。
その中で、どのような会社を応援したくなるでしょうか。
答えは明確です。「経営に真摯に取り組み、正直に情報を開示してくれる会社」です。
私が担当していた食品卸売業の社長は、毎月必ず業況報告書を持参してくれました。
売上が下がった月も包み隠さず報告し、改善策まで相談してくれる姿勢に、私たち銀行員も全力でサポートしたいと思ったものです。
融資を受けやすい会社の共通点
銀行で数百件の融資審査に関わった経験から、融資を受けやすい会社には明確な共通点があります。
第一に、資金使途が明確なことです。
「運転資金として」という曖昧な説明ではなく、「材料費の支払いサイト短縮により発生する資金需要のため」といった具体的な説明ができる会社が評価されます。
第二に、返済計画が現実的なことです。
過度に楽観的な売上予測ではなく、過去の実績をベースにした堅実な計画を立てている会社の方が信頼されます。
第三に、定期的なコミュニケーションを取っていることです。
困ったときだけ相談するのではなく、普段から業況を報告している会社は、いざというときも迅速に対応してもらえます。
2024年の中小企業白書によると、金融機関の貸出態度は「緩い」と答えた企業の割合が「厳しい」を上回っており、融資環境は改善傾向にあります[12]。
しかし、それでも準備不足の申請は断られることが多いのが現実です。
銀行員は何を見ているか?元銀行員の視点から
銀行員が融資審査で最も重視するのは「返済能力」です。
しかし、これは単純に利益が出ているかどうかではありません。
私たちが実際に見ているポイントは以下の通りです:
- キャッシュフローの安定性:毎月の現金収支が安定しているか
- 経営者の資質:計画的な経営ができているか、正直な人柄か
- 事業の将来性:市場環境や競争優位性はどうか
- 財務内容の健全性:債務超過や赤字の継続はないか
特に重要なのは、経営者との信頼関係です。
数字だけでは見えない部分も多く、経営者の人柄や考え方が融資判断に大きく影響します。
ある建設業の社長は、業績は決して良くありませんでしたが、現状を正直に報告し、改善に向けた具体的な取り組みを継続していました。
その誠実な姿勢を評価し、条件変更にも応じながら長期的な支援を継続したケースがあります。
誤解されがちな「赤字でも融資OK」の本当の意味
「赤字の会社には融資できない」と思い込んでいる経営者が多いのですが、これは正確ではありません。
確かに赤字は融資審査において不利な要素ですが、それだけで融資が不可能になるわけではないのです。
重要なのは「なぜ赤字になったのか」「改善の見込みはあるのか」という点です。
一時的な要因による赤字で、改善計画が具体的かつ実現可能性が高ければ、融資は十分に可能です。
私が担当した印刷業では、大口顧客の倒産により一時的に大幅な赤字に陥りました。
しかし、新規顧客の開拓計画が具体的で、月次の売上回復実績も順調だったため、運転資金の融資を実行しました。
結果的に、その会社は1年後には黒字転換を果たしています。
逆に、黒字であっても融資を断るケースもあります。
利益操作の疑いがある場合や、キャッシュフローと利益に大きな乖離がある場合などです。
要は、数字の表面だけでなく、事業の実態と経営者の資質を総合的に判断しているということです。
経営者として「数字に強くなる」ためのマインドセット
センスではなく”習慣”で差がつく
「数字に強い経営者」と聞くと、生まれ持った才能のように感じるかもしれません。
しかし、私が多くの経営者を見てきた経験から言えるのは、数字に強くなるのは「センス」ではなく「習慣」だということです。
毎日体重計に乗る人が自分の体調管理を意識するようになるのと同じで、定期的に会社の数字を確認する経営者は、自然と財務感覚が身についてきます。
私がコンサルティングでお会いする経営者の中で、最も印象的だったのは小さな町工場の社長でした。
中学校卒業後すぐに工場で働き始めた方で、「数字は苦手」と言っていましたが、毎日売上と現金残高を確認する習慣をつけたところ、半年後には資金繰りの予測まで正確にできるようになっていました。
習慣化のコツは「小さく始める」ことです。
最初は毎日の現金残高確認だけでも構いません。
継続することで、必ず数字への感度は向上します。
「数字を見るのが怖い」から「数字が味方」に変える
多くの経営者が「数字を見るのが怖い」と言います。
特に資金繰りが厳しい時期は、現実を見たくない気持ちもよくわかります。
しかし、問題から目を逸らしても状況は改善しません。
むしろ、早期発見・早期対応により、小さな問題のうちに解決できる可能性が高まります。
医師が患者の血圧や血糖値を定期的にチェックするのは、病気の早期発見のためです。
経営においても、資金繰りという「会社の健康状態」を定期的にチェックすることで、大きな問題になる前に対策を講じることができます。
ある運送業の社長は、当初「資金繰り表を見ると憂鬱になる」と話していました。
しかし、3ヶ月間継続して確認するうちに、「数字が改善していくのを見るのが楽しくなった」と変化しました。
今では「数字は会社の道しるべ」と話しています。
数字は敵ではありません。
正しく付き合えば、あなたの経営を支える最高のパートナーになってくれます。
経営者自身が数字を語れなければ、会社は守れない
「経理担当者や税理士に任せているから大丈夫」という経営者がいますが、これは危険な考え方です。
確かに専門家のサポートは重要ですが、最終的な経営判断を下すのは経営者自身だからです。
銀行との融資交渉の場面を想像してみてください。
経営者が自社の数字を説明できない状況で、銀行員はその会社に安心して融資できるでしょうか。
私が銀行員時代に経験した印象的なケースがあります。
ある製造業の社長は、融資面談で「詳しい数字は経理の○○に聞いてください」と答えました。
技術力は高く、商品も優秀でしたが、その姿勢に不安を感じ、融資は見送りになりました。
対照的に、別の小売業の社長は、月次の売上推移から客単価の変化まで、すべて自分の言葉で説明してくれました。
数字に裏付けられた明確な戦略があり、安心して融資を実行することができました。
経営者が数字を語れるということは、単に知識があるということではありません。
会社の現状を正確に把握し、将来に向けた的確な判断ができるということの証明なのです。
あなたの会社も、資金の流れを整えればきっと変わります。
まず現実を見つめることから始めましょう。
まとめ
資金繰りは企業経営の根幹であり、まさに会社の「呼吸」とも言える重要な要素です。
本記事でお伝えした内容を整理すると、以下のポイントが挙げられます。
資金繰りの基本理解として、利益と資金は別物であることを認識し、将来の資金の流れを予測することの重要性を理解することが第一歩です。
黒字倒産という現実的なリスクを避けるために、常に現金ベースでの管理が必要です。
実践的な管理手法では、現状の資金流れの見える化から始まり、資金繰り表の作成と定期的な更新、そして予期せぬ事態に備えた資金クッションの確保が重要になります。
これらは決して複雑な作業ではなく、継続することで必ず身につきます。
銀行との良好な関係構築により、資金調達の選択肢を広げることができます。
普段からのコミュニケーションと正直な情報開示が、いざというときの強力な支援につながります。
経営者のマインドセットとして、数字への苦手意識を克服し、センスではなく習慣により財務感覚を身につけることが可能です。
経営者自身が数字を語れるようになることで、的確な経営判断ができるようになります。
今日からできる第一歩は、現在の現金・預金残高を正確に把握することです。
そして来週までには、簡単な資金繰り表を作成してみてください。
最初は完璧を目指さず、継続することを重視しましょう。
資金繰りの改善は一朝一夕にはいきませんが、正しい方法で継続的に取り組めば、必ず成果が現れます。
私が15年間の銀行員生活と7年間のコンサルティング経験で学んだことは、どんな困難な状況でも、経営者が現実と向き合い、適切な行動を継続すれば道は開けるということです。
あなたの会社も、資金の流れを整えればきっと変わります。
一緒に学びながら、安定した経営基盤を築いていきましょう。
参考文献
[1] 資金繰りとは?悪化する原因、改善策をわかりやすく解説|M&Aコラム